黒崎幸吉著 註解新約聖書 Web版ユダ書

ユダ書第1章
1-1 挨拶 1:1 - 1:2

1章1節 イエス・キリストの(しもべ)にしてヤコブの兄弟(きゃうだい)なるユダ、[引照]

口語訳イエス・キリストの僕またヤコブの兄弟であるユダから、父なる神に愛され、イエス・キリストに守られている召された人々へ。
塚本訳イエス・キリストの奴隷、且つヤコブの兄弟(なる)ユダ(より、)父なる神に愛され、イエス・キリストの(再び来たり給う時の)ために守られている、召された人達に(手紙を遺る。)
前田訳イエス・キリストの僕でヤコブの兄弟のユダから、父なる神に愛され、イエス・キリストに守られる召された人々に、
新共同イエス・キリストの僕で、ヤコブの兄弟であるユダから、父である神に愛され、イエス・キリストに守られている召された人たちへ。
NIVJude, a servant of Jesus Christ and a brother of James, To those who have been called, who are loved by God the Father and kept by Jesus Christ:
註解: 緒言「本書の著者」参照

[(ふみ)を]()されたる(もの)、すなはち(ちち)なる(かみ)(あい)せられ、イエス・キリストの(ため)(まも)らるる(もの)に[(おく)る]。

註解: 私訳「書を父なる神に在りて愛せられイエス・キリストの為に守られたる召されたる者に贈る」。本書の受信者を示す。すなわち彼らは父なる神との霊的の交わりにおいてキリストによりて愛せられし者であり、またキリスト・イエスのために、─やがて彼と共に世嗣たらんがために─神によりて今日まで守られていた神の選民である。ゆえにもし今後も信仰に立ちて動かないならば偽教師のために滅亡に導かるることはないであろう。
辞解
[神に愛せられ] 適訳にあらず(A1、B1、C1、D0、E0、I0、M0、Z0その他)。「愛せられ」「守られ」は完了過去分詞を用いているのはこれまでの信仰生活を回顧せるもの。「愛せられたる」には「キリストによりて」を補充し、「守られたる」には「神によりて」を補充することによりて意味明瞭となる(Z0)。(注意)本節のみをもって本書の読者がユダヤ人のキリスト者たることを決論する学者があるけれども(Z0)、やや無理である。本書全体より見、およびペテロ後書との関係より見てかく推移することも不可能ではないというに過ぎない(緒言参照)。

1章2節 (ねが)はくは憐憫(あはれみ)平安(へいあん)(あい)と、なんぢらに()さんことを。[引照]

口語訳あわれみと平安と愛とが、あなたがたに豊かに加わるように。
塚本訳(神の)憐憫と平安と愛、君達に豊かならんことを!
前田訳あわれみと平安と愛があなた方に満たされますように。
新共同憐れみと平和と愛が、あなたがたにますます豊かに与えられるように。
NIVMercy, peace and love be yours in abundance.
註解: キリストの賜う憐憫、聖霊の賜う平安、神の賜う愛(B1、Z0および21節)。この三位の神によりて与えらるる憐憫、平安、愛が増すことによりて彼ら召されたる者は他のあらゆる敵と誘惑より免るることができる。本書の冒頭においてユダはその切なる祈願を吐露したので、単なる形式的挨拶ではない。

1-2 本書を認めし動機 1:3 - 1:4

1章3節 (あい)する(もの)よ、われ(われ)らが(とも)(あづか)(すくひ)につき(はげ)みて(なんぢ)らに()(おく)らんとせしが、[引照]

口語訳愛する者たちよ。わたしたちが共にあずかっている救について、あなたがたに書きおくりたいと心から願っていたので、聖徒たちによって、ひとたび伝えられた信仰のために戦うことを勧めるように、手紙をおくる必要を感じるに至った。
塚本訳愛する者よ、(実は)非常な熱意をもって私達に共通する救い(の一般問題)について君達に書こうと考えていたところ、聖徒達に最後的に伝えられた(唯一の)信仰のために戦うように勧めるこの手紙を書く必要が起こった。
前田訳親愛な方々、お互いのものである救いについてお書きするよう、あらゆる努力をしてきました。それで、かつて決定的に聖徒らに伝えられた信仰の戦いについて励ますために、お書きする必要を感じました。
新共同愛する人たち、わたしたちが共にあずかる救いについて書き送りたいと、ひたすら願っておりました。あなたがたに手紙を書いて、聖なる者たちに一度伝えられた信仰のために戦うことを、勧めなければならないと思ったからです。
NIVDear friends, although I was very eager to write to you about the salvation we share, I felt I had to write and urge you to contend for the faith that was once for all entrusted to the saints.
註解: ユダが本書を認(したた)むるまでの心の計画を示す。すなわち彼は救いの根本問題について相当纏った書簡を認(したた)めんと努力していたのであった。この書簡が結局認(したた)められしや否やは不明である。
辞解
[共に與る救] すなわち「共通の救い」でキリスト者全体が如何にして救わるるかの問題。

聖徒(せいと)(ひと)たび(つた)へられたる信仰(しんかう)のために(たたか)はんことを(すす)むる(ふみ)を、(なんぢ)らに(おく)るを必要(ひつえう)(おも)へり。

註解: ユダがその予定計画を中止してこの書簡を認(したた)むる必要が突発して来た。それは彼らを滅亡に導く偽教師が現われたので、これと戦ってその一たび使徒たちによって伝えられし信仰を擁護することが焦眉の急であったからである。
辞解
[一たび] ゆえにこれに異なれる他の信仰が伝えられるはずがない。
[伝えられたる] 言い伝えた、伝統となったとの意。「使徒たちによりて」の意を含む(M0)。この伝統は新約聖書となって今日に至っている。
[戦う] 信仰は必ず戦いを要す。 

1章4節 そは敬虔(けいけん)ならずして(われ)らの(かみ)恩惠(めぐみ)好色(かうしょく)()へ、唯一(ゆゐいつ)(しゅ)なる(われ)らの(しゅ)イエス・キリストを(いな)むものども(もぐ)()りたればなり。[引照]

口語訳そのわけは、不信仰な人々がしのび込んできて、わたしたちの神の恵みを放縦な生活に変え、唯一の君であり、わたしたちの主であるイエス・キリストを否定しているからである。彼らは、このようなさばきを受けることに、昔から予告されているのである。
塚本訳というのは或る人達、(すなわち、)私達の神の恩恵を放埒に変え、私達の唯一の支配者また主なるイエス・キリストを否定する不敬虔な人達が、(君達の中に)潜り込んで来たからである──彼らが(次に記す)こんな審判を受けることは、古くから(預言者達によって)予め書かれているのである──
前田訳それは、何人かが入り込んできたからです。彼らは昔から聖書にその裁きが書かれている人々です。不敬虔で、われらの神の恵みを放縦に置きかえ、われらの唯一の支配者また主にいますイエス・キリストを否んでいます。
新共同なぜなら、ある者たち、つまり、次のような裁きを受けると昔から書かれている不信心な者たちが、ひそかに紛れ込んで来て、わたしたちの神の恵みをみだらな楽しみに変え、また、唯一の支配者であり、わたしたちの主であるイエス・キリストを否定しているからです。
NIVFor certain men whose condemnation was written about long ago have secretly slipped in among you. They are godless men, who change the grace of our God into a license for immorality and deny Jesus Christ our only Sovereign and Lord.
註解: 信仰においても行為においても共にキリスト者にあらざるもの、しかも自らキリスト教の教師と称している者どもが教会に潜入したことがユダをしてこの警告を発せしめた原因であった。この種の教師の特徴は三つある。その一は無律法主義(anomism)で罪を赦されし恩恵に慣れてこれを忘れ、この恩恵に換うるに好色をもってし(この間の距離は唯の一歩である、)自由放埓の生活に陥っていること、その二は唯一の主イエス・キリストを否み彼を主と仰がず、従ってその贖いを信ぜず、あたかも自己の力によりて救わるるもののごとき思想を持っていること、その三は公然に堂々として教師たる態度を示さず、潜(ひそか)に入り来れることであった。
辞解
[唯一の主なる我らの主] 「我らの唯一の君にして主なる」と訳すことができる。第一の主は despotēs で、君主、主人を意味し、旧約聖書においてはしばしば神を指して用いている。ここでも神を指すと解する説(M0)あれど文法上およびUペテ2:1との比較上これを後の「主」kurios と同様と見るを可とす。

(かれ)らが()審判(さばき)()くべきことは(むかし)より(あらか)じめ(しる)されたり。

註解: 次に引用するごとき旧約聖書または経外聖典中の事実はみな罪に対する審判の例であって、昔より録されていたこの種の記事を見るも偽教師らも同様の審判を受けなければならないことは確かである。
辞解
種々に解せらるる難解の一節、「昔より預め」と予定説の根拠とするは(C1、ベサ)誤っている。
[録されたり] Uペテ2:3(Z0)、エノクの書(B1)等と解する説あれど採らず。
[此の審判] 何たるかにつきて諸説あれど(I0参照)Uペテ2:3をユダが前後の関係を無視して写したるものならん。ゆえに意味はUペテの方が明瞭で、これによりて旧約聖書を指すことがわかる(ユダの場合は経外聖典(アポクリフア)も含まる)。

1-3 歴史上の実例による警戒 1:5 - 1:16

1章5節 (なんぢ)らは(もと)より(すべ)ての(こと)()れど、(われ)[さらに](なんぢ)()をして(おも)()さしめんとする(こと)あり、[引照]

口語訳あなたがたはみな、じゅうぶんに知っていることではあるが、主が民をエジプトの地から救い出して後、不信仰な者を滅ぼされたことを、思い起してもらいたい。
塚本訳それで、(もちろん)君達は凡てのことを最後的に(よく)知ってはいるが、(もう一度)思い出してもらいたいと思うのは、主は(初め)エジプトの地から民を(引き出して)救い給うたが、二度目には信じない者どもを亡ぼし、
前田訳かねてから万事ご承知ですが、思い出してください。主は民をエジプトからお救いでしたが、次には不信のものをお滅ぼしでした。
新共同あなたがたは万事心得ていますが、思い出してほしい。主は民を一度エジプトの地から救い出し、その後、信じなかった者たちを滅ぼされたのです。
NIVThough you already know all this, I want to remind you that the Lord delivered his people out of Egypt, but later destroyed those who did not believe.
註解: ユダの言わんとすることは新たに彼らを教えんとするのではなく、彼らの既知の事を思い出さしめんとするに過ぎない。真理はしばしば新たにこれを思い起すことが必要である。
辞解
[固(もと)より] hapax は「一度切りで」の意味で福音の根本原理は永遠不変であって、一度これを知れば新たに附加する必要がない。
[凡てのこと] 福音の基礎たるべき凡ての真理。

(すなは)(しゅ)エジプトの()より(たみ)(すく)()して、(のち)(しん)ぜぬ(もの)(ほろぼ)(たま)へり。

註解: 5-7節に滅ぼさるべき三つの例を示す。その第一は出エジプト記に記さるるイスラエルのエジプト脱出の例である。彼らの中の不信仰なるものは後に滅ぼされた。神は不信仰の場合はその民も惜しみ給わない。
辞解
[後に] 原語「第二に」。「イエスは万民を救い給いて」の文句の省略と見る説あれどこれは「第二」をあまりに英独語のごとくに解するより生ぜる誤り。異本にイエスとあり珍しき用法である。

1章6節 (また)おのが(くらゐ)(たも)たずして(おの)居所(ゐどころ)(はな)れたる御使(みつかひ)を、(おほい)なる()審判(さばき)まで、闇黒(くらやみ)のうちに長久(とことは)繩目(なはめ)をもて看守(かんしゅ)(たま)へり。[引照]

口語訳主は、自分たちの地位を守ろうとはせず、そのおるべき所を捨て去った御使たちを、大いなる日のさばきのために、永久にしばりつけたまま、暗やみの中に閉じ込めておかれた。
塚本訳また自分の職分を守らず、(勝手に)その居所(なる天)を去っ(て地上に来)た天使達を、(最後の)大なる日の審判のために永遠の鎖を以て(黄泉の)闇の下に監禁してい給うことである。
前田訳主はまた、自らの持場を守らず、おのが住いを捨てた天使たちをも、大いなる日の裁きのために、永遠の鎖で闇の中にお閉じ込めでした。
新共同一方、自分の領分を守らないで、その住まいを見捨ててしまった天使たちを、大いなる日の裁きのために、永遠の鎖で縛り、暗闇の中に閉じ込められました。
NIVAnd the angels who did not keep their positions of authority but abandoned their own home--these he has kept in darkness, bound with everlasting chains for judgment on the great Day.
註解: 第一の例は地上の例、第二は天上の例で、創6:1および経外聖典エノク書に録されるるところ、すなわち天使がその高き天の位を離れて人間の娘の所に入りてこれと淫を行えるユダヤ物語を採ったのである。天の光輝の中に自由なる生活を送る大なる権力(位)を有つ天使すら、自己の慾のためにその住所を棄てしがために地下の暗黒の中に永遠に束縛せられなければならないとするならば、ましてキリスト者は、その天的身分を捨て天的自由を濫用する場合に多き審判を受けれなければならないことは当然である。
辞解
[位] arche はここでは「本来の状態」(G1)または「権威ある身分」(B1、Z0、M0)等の意味に解せられている。後者を採る。
[保つ] 「保つ」と「看守する」とは原語は同じ文字 teroō を用いて相対応せしめている。
[大なる日] 最後の審判の日(使2:20、黙6:17、16:14)。

1章7節 ソドム、ゴモラ(およ)びその周圍(まはり)町々(まちまち)(また)これと(おな)じく、淫行(いんかう)(ふけ)り、背倫(はいりん)(にく)(よく)(はし)り、永遠(とこしへ)()刑罰(けいばつ)をうけて(かがみ)とせられたり。[引照]

口語訳ソドム、ゴモラも、まわりの町々も、同様であって、同じように淫行にふけり、不自然な肉欲に走ったので、永遠の火の刑罰を受け、人々の見せしめにされている。
塚本訳同じくソドムとゴモラもその周囲の町々も、彼ら(天使達)と同じように淫行に耽って道ならぬ肉を追いかけ、永遠の火の刑罰を受ける見せしめになっている。
前田訳ソドム、ゴモラと周辺の町々も彼らと同様に不義を犯し、肉の邪道に走ったので、見せしめにされ、永遠の火の罰を受けています。
新共同ソドムやゴモラ、またその周辺の町は、この天使たちと同じく、みだらな行いにふけり、不自然な肉の欲の満足を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受け、見せしめにされています。
NIVIn a similar way, Sodom and Gomorrah and the surrounding towns gave themselves up to sexual immorality and perversion. They serve as an example of those who suffer the punishment of eternal fire.
註解: 第三の例としてソドムとゴモラの腐敗とその上に降れる刑罰とを掲げている。ソドムとゴモラの滅亡は聖書の各所に神の審判の例として引用されている(マタ10:5。ロマ9:29)。淫行に対する神の罰を恐れなければならぬ。
辞解
[これと同じく] 「これ」はソドム、ゴモラを指すと解するより前節の天使を指すと解すべきである。天使が人間との間に不自然な淫行を行いしごとくソドム、ゴモラの住民も男色を行った。
[背倫の肉慾に走り] 原語「異なる肉を追い行き」で男色を意味する。なおレビ18:23の罪をも含む(M0)と見る必要なきがごとし(Z0)。
[周囲の町々] これらの町々の名は申29:23。ホセ11:8参照。
[永遠の火の刑罰を受けて云々] 「刑罰を受けて永遠の火の鑑とせられたり」と訳すべきである(M0、Z0)。

1章8節 かくの(ごと)((じつ)に)くかの(ゆめ)()(もの)どもも(にく)(けが)し、權威(けんゐ)ある(もの)(かろ)んじ、(たふと)(もの)(ののし)る。[引照]

口語訳しかし、これと同じように、これらの人々は、夢に迷わされて肉を汚し、権威ある者たちを軽んじ、栄光ある者たちをそしっている。
塚本訳それにも拘らず、かの夢を見ている連中もまた(ソドム、ゴモラと)同じように肉を穢し、(主の)支配権を軽んじ、(天使の)光栄を罵っている。
前田訳同じように彼らも夢にうかれて肉を汚し、権威を軽んじ、栄光あるものをそしっています。
新共同しかし、同じようにこの夢想家たちも、身を汚し、権威を認めようとはせず、栄光ある者たちをあざけるのです。
NIVIn the very same way, these dreamers pollute their own bodies, reject authority and slander celestial beings.
註解: 偽教師の如何なるものかを8-16節において叙述している。本節は彼らの淫乱と倨傲とを指摘す。
辞解
[夢見る者ども] 彼らはその思想もその実行も共に不真面目の極であって、無責任なる夢の世界に住んでいるかのごとき故かく呼んだのであろう(種々の解ありて一定しない)。
[肉を汚し] 淫行、男色のごとく、自己および他人の肉を汚す。
[権威ある者、尊ぶ者] Uペテ2:10辞解参照。

1章9節 御使(みつかひ)(をさ)ミカエル惡魔(あくま)(ろん)じてモーセの屍體(しかばね)(あらそ)ひし(とき)に、()へて(ののし)りて(さば)かず、(ただ)『ねがはくは(しゅ)なんぢを(いまし)(たま)はんことを』と()へり。[引照]

口語訳御使のかしらミカエルは、モーセの死体について悪魔と論じ争った時、相手をののしりさばくことはあえてせず、ただ、「主がおまえを戒めて下さるように」と言っただけであった。
塚本訳しかし“天使の長ミカエル”(を見よ、彼)は悪魔と議論をしてモーセの屍体に就て争った時、(自ら天使でありながら悪魔をすら)あえて罵り審くことをせず、「“主が汝を叱り給わんことを”」と言った。
前田訳天使長ミカエルはモーセの体について悪魔と論じて争ったとき、相手をけがす糾弾をあえてせず、「主がおいましめのほどを」といいました。
新共同大天使ミカエルは、モーセの遺体のことで悪魔と言い争ったとき、あえてののしって相手を裁こうとはせず、「主がお前を懲らしめてくださるように」と言いました。
NIVBut even the archangel Michael, when he was disputing with the devil about the body of Moses, did not dare to bring a slanderous accusation against him, but said, "The Lord rebuke you!"
註解: 外典「モーセ昇天記」にあり。人より優れたる天使の中でも位高きミカエルが人間より劣れる悪魔と争いてモーセの屍体について議論を為した際する謙遜なる態度を取った。偽教師の態度はあたかもその逆で、甚だしき悪である。
辞解
[ミカエル] ユダヤの伝説によれば七人の最高の天使の一人でイスラエルの守護天使である。
[論じてモーセの屍體を争ひし時] 「争いてモーセの屍體につき論ぜし時」と訳すべきである。

1章10節 されど()人々(ひとびと)()らぬことを(ののし)り、無知(むち)(けもの)のごとく、自然(しぜん)()(ところ)によりて(ほろ)ぶるなり。[引照]

口語訳しかし、この人々は自分が知りもしないことをそしり、また、分別のない動物のように、ただ本能的な知識にあやまられて、自らの滅亡を招いている。
塚本訳しかしこの人達は(何も)知らぬ(天使の)ことを罵り、他方無知な獣と共に本能的に知っていること──(肉の堕落生活)──これによって滅びるのである。
前田訳しかし彼らは自らわきまえぬことをそしります。彼らは分別のない動物のように、本能で理解することによって自らを滅ぼしています。
新共同この夢想家たちは、知らないことをののしり、分別のない動物のように、本能的に知っている事柄によって自滅します。
NIVYet these men speak abusively against whatever they do not understand; and what things they do understand by instinct, like unreasoning animals--these are the very things that destroy them.
註解: 偽教師らは権威ある者尊き者(8節)らの霊的存在に対して罵詈の言を発して誇っているけれども、実はこれらの何たるかを知らない。彼らの知っていることは獣類と同じその五感の本能に過ぎない。而して彼らはかえってこの五感によりて本能的に知っていること、すなわち肉慾のために滅亡し腐朽するに至るのである。対句を為している。
辞解
[無知の獣] alogos すなわち理性を具えず唯本能によりて動く獣類。
[自然に] physikōs 「理知的」の反対で「五官によりて」「肉によりて」等の意。

1章11節 禍害(わざはひ)なるかな、(かれ)らはカインの(みち)にゆき、()のためにバラムの(まよひ)(はし)り、またコラの(ごと)謀反(むほん)によりて(ほろ)びたり。[引照]

口語訳彼らはわざわいである。彼らはカインの道を行き、利のためにバラムの惑わしに迷い入り、コラのような反逆をして滅んでしまうのである。
塚本訳禍なる哉、彼らはカインの道を歩み、報酬のためにバラムの迷いに陥り、且つコラの反逆によって亡びた。
前田訳彼らは呪われています。カインの道を歩み、欲のためバラムの迷いに落ち込み、コラの反逆によって滅んでいます。
新共同不幸な者たちです。彼らは「カインの道」をたどり、金もうけのために「バラムの迷い」に陥り、「コラの反逆」によって滅んでしまうのです。
NIVWoe to them! They have taken the way of Cain; they have rushed for profit into Balaam's error; they have been destroyed in Korah's rebellion.
註解: 偽教師らは神の悦びであるキリスト者に対して悪を行うことアベルに対するカインのごとく、またその有形無形の利益のために好色淫行等(7節)を恣(ほしいまま)にすることバラムがその慾のために悪行を敢てせるがごとく、また権威ある者を軽んじ尊き者を罵ること(8節)コラの場合のごとくである。以上はみな旧約において審判を受けた例であって、偽教師も同様の運命を免れないであろう。以上の三例の各につきその如何なる点が偽教師に似ているかにつきては種々の説あり、以上のごとく解した。

1章12節 (かれ)らは(なんぢ)らと(とも)宴席(ふるまひ)(あづか)り、その愛餐(あいさん)暗礁(かくれいは)たり、(はばか)らずして自己(みづから)をやしなふ牧者(ぼくしゃ)[引照]

口語訳彼らは、あなたがたの愛餐に加わるが、それを汚し、無遠慮に宴会に同席して、自分の腹を肥やしている。彼らは、いわば、風に吹きまわされる水なき雲、実らない枯れ果てて、抜き捨てられた秋の木、
塚本訳この人達は君達の愛餐の汚点であって、(君達と)一緒に臆面もなく(席について)腹をふくらしている。(彼らは)また“自分を牧する”(牧者であり、)風に吹きまくられる水の無い雲、二度枯れて死んで根こそぎにされる晩秋の実の無い木、
前田訳彼らはあなた方の愛餐の汚れで、無遠慮に食卓を共にします。彼らはおのれを肥やす羊飼いで、風に吹きまくられる雨なし雲、実らずに枯れに枯れて根こそぎされた晩秋の木、
新共同こういう者たちは、厚かましく食事に割り込み、わが身を養い、あなたがたの親ぼくの食事を汚すしみ、風に追われて雨を降らさぬ雲、実らず根こぎにされて枯れ果ててしまった晩秋の木、
NIVThese men are blemishes at your love feasts, eating with you without the slightest qualm--shepherds who feed only themselves. They are clouds without rain, blown along by the wind; autumn trees, without fruit and uprooted--twice dead.
註解: 私訳「彼らは畏れなしに共に飲食し、己を飽足らしめて、汝らの愛餐の汚点たり」。Tペテ2:13参照。偽教師らはキリスト者と自称してキリスト者の愛餐に加わっていた。そして神を畏るる心なしに彼らと共に宴席において飲食し、唯自己のみを養いて(自己の益のみを求むる心の発露)他の羊を顧みず(Tコリ11:21参照)かくして聖(きよ)かるべき愛餐の汚点となった。
辞解
[暗礁] spilades は海上、海底、陸上を問わず突出せる岩をいう。ゆえに前後の関係によりて「暗礁」となる場合もあれど本節においてかく解するは(A1、E0)やや無理なり。ゆえにこれをUペテ2:13の場合のごとく「汚点」と解するを可とす(B1、M0、Z0、I0)。
[憚らずして] aphobōs は「畏れなしに」で、これを「自己を牧する」に関係せしむる説(改訳RV、E0、I0、M0)もあれど、「共に宴に連る」に関係せしむる方が優れるがごとし(A1、B1、Z0)。
[自己を養ふ] 「自己を牧する」で自己のみに牧草を与うること。

(かぜ)()はるる(みづ)なき(くも)

註解: ユダはこれより空中、地上、海上、天上の自然現象を例として偽教師の性質を非難している。その第一はこの水なき浮雲が浮動して雨を降らせない例のごとく、彼らは自由らしき外観を有しているけれども動揺恒なく、何らの果実を期待することができないものである。

()れて(また)かれ、()より()かれたる()なき(あき)()

註解: 私訳「再び枯死して根こぎにせられし果なき晩秋の木」。偽教師らは葉は落ち果を結ばざる晩秋の木のごとく、その姿は淋しくその徳は建たない。而して彼らは一旦新しき生命を与えられながら再び霊的に死んだのであって、結局根こそぎにせられれて永遠の審判に遭うより外にない。彼らは永遠の生命の土地たるキリスト(Z0)より養分を採らないからである。
辞解
[枯れて又かれ] 葉が枯死して一旦死ぬるがごとき木がさらに根本より枯死することを形容したのであろう。原語は「再び死し」。

1章13節 おのが(はぢ)()(いだ)(うみ)のあらき(なみ)[引照]

口語訳自分の恥をあわにして出す海の荒波、さまよう星である。彼らには、まっくらなやみが永久に用意されている。
塚本訳自分の恥辱を泡立たせる海の荒浪、また迷い星であって、彼らのために暗い闇が永遠に取って置かれている。
前田訳おのが恥を泡に出す海の荒波、さまよう星です。彼らには真暗闇が永遠にそなえられています。
新共同わが身の恥を泡に吹き出す海の荒波、永遠に暗闇が待ちもうける迷い星です。
NIVThey are wild waves of the sea, foaming up their shame; wandering stars, for whom blackest darkness has been reserved forever.
註解: 荒波が海底の泥や汚物を湧き出すごとくにこれらの偽教師らの心は常に情慾の波が静まることなく、その恥ずべき行為を暴露する。

さまよふ(ほし)なり。(かれ)らの(ため)(くら)(やみ)、とこしへに(たくは)()かれたり。

註解: Uペテ2:17註参照。マタ22:13。以上のごとき偽教師は永遠の暗黒の中に投込まれるであろう。
辞解
[蓄え置く] 6節の「看守する」と同語。

1章14節 アダムより七代(しちだい)(あた)るエノク(も)(かれ)らに()きて預言(よげん)せり。[引照]

口語訳アダムから七代目にあたるエノクも彼らについて預言して言った、「見よ、主は無数の聖徒たちを率いてこられた。
塚本訳しかし(少しも不思議はない。)彼らについてもアダムから七代目のエノクが預言して言った──見よ、”主はその聖なる千万の軍勢と共に来たり給うた”。
前田訳アダムから七代目のエノクも彼らについて預言しました。「見よ、主が数万の聖徒とともにおいでです。
新共同アダムから数えて七代目に当たるエノクも、彼らについてこう預言しました。「見よ、主は数知れない聖なる者たちを引き連れて来られる。
NIVEnoch, the seventh from Adam, prophesied about these men: "See, the Lord is coming with thousands upon thousands of his holy ones
註解: 経外聖典エノク書1:9よりの引用。逐語的にあらざるも大体同様なり。「七代に当たる」ことは聖数七に相当するのでエノクの価値を示すためにしばしばエノク書に記されている。

(いは)く『()よ、(しゅ)はその(せい)なる千萬(ちよろづ)(しゅう)(ひき)ゐて(きた)りたまへり。

1章15節 これ(すべ)ての(ひと)審判(さばき)をなし、すべて敬虔(けいけん)ならぬ(もの)()敬虔(けいけん)(おこな)ひたる()敬虔(けいけん)(すべ)ての(わざ)と、敬虔(けいけん)ならぬ罪人(つみびと)の、(しゅ)(さから)ひて(かた)りたる(すべ)ての(はなは)だしき(ことば)とを()(たま)はんとてなり』[引照]

口語訳それは、すべての者にさばきを行うためであり、また、不信心な者が、信仰を無視して犯したすべての不信心なしわざと、さらに、不信心な罪人が主にそむいて語ったすべての暴言とを責めるためである」。
塚本訳凡ての者に対して審判をなし、且つ不敬虔によって犯した凡ての不敬虔な行跡の故に、また不敬虔な罪人達が彼に対して発した凡ての不遜(な言)の故に、不敬虔な凡ての人達に罰を加えるためである、と。
前田訳それは万人に裁きをするためであり、すべての不敬虔なものをその犯したすべての不敬虔のわざについて、また不敬虔な罪びとが主に向かっていったすべての暴言とについて責めるためです」。
新共同それは、すべての人を裁くため、また不信心な生き方をした者たちのすべての不信心な行い、および、不信心な罪人が主に対して口にしたすべての暴言について皆を責めるためである。」
NIVto judge everyone, and to convict all the ungodly of all the ungodly acts they have done in the ungodly way, and of all the harsh words ungodly sinners have spoken against him."
註解: キリスト再臨し給いて凡ての不敬虔(不信仰)なる者を審(さば)き給うであろう。而して偽教師らはこの審判を免れることができないであろう。
辞解
[聖なる千萬の衆を率ゐて] 「十萬の聖衆の中にありて」(直訳)で、無数の聖天使に取り囲まれて再臨し給う貌。ヘブ12:12。黙5:11。ゼカ14:5。黙1:7。マタ16:27、24:30参照。「凡ての」と「不敬虔」とを各々四回反復せることに注意せよ。神に背ける不敬虔なる者は凡て審判(さばか)れなければなあらない(創18:25。ヨハ5:27)。
[甚だしき言] 粗野なる暴言。

1章16節 (かれ)らは(つぶや)くもの、不滿(ふまん)をならす(もの)にして、おのが(よく)(したが)ひて(あゆ)み、(くち)(ほこり)をかたり、()のために(ひと)(へつら)ふなり。[引照]

口語訳彼らは不平をならべ、不満を鳴らす者であり、自分の欲のままに生活し、その口は大言を吐き、利のために人にへつらう者である。
塚本訳この人達は運命に呟く不平家であり、情慾に従って歩き、その口は横柄を語り、利益のために人に諂う。
前田訳彼らは不平家で運命を呪い、欲のままに歩み、その口は大言壮語し、利のため人にへつらいます。
新共同こういう者たちは、自分の運命について不平不満を鳴らし、欲望のままにふるまい、大言壮語し、利益のために人にこびへつらいます。
NIVThese men are grumblers and faultfinders; they follow their own evil desires; they boast about themselves and flatter others for their own advantage.
註解: 己が肉の慾に随いて歩み、その慾望を充分に満足させながら(否むしろ満足させるために)彼らの心には喜びと満足とがなく、従って呟きと不満とは彼らの日毎の状態である。また彼らはその高慢なる心より口に大言壮語を発しながら、自己の利益となるがごとき人の前には阿諂を行う。「神を恐るる畏れは人に対して勇敢かつ自由ならしめ、神に対する畏れを棄つる者は人の前に怯懦(きょうだ)となり、人に屈従するに至る」(Z0)。空虚なる誇りと卑怯なる態度とは常に相伴うものである。

1-4 読者に対する奨励 1:17 - 1:23

1章17節 (あい)する(もの)よ、(なんぢ)らは(われ)らの(しゅ)イエス・キリストの使徒(しと)たちの(あらか)じめ()ひし(ことば)(おぼ)えよ。[引照]

口語訳愛する者たちよ。わたしたちの主イエス・キリストの使徒たちが予告した言葉を思い出しなさい。
塚本訳しかし愛する者よ、君達は私達の主イエス・キリストの使徒達が前以て言った言を思い出せ。
前田訳しかしあなた方、親愛な方々は、われらの主イエス・キリストの使徒たちによって予告されたことばを思い出してください。
新共同愛する人たち、わたしたちの主イエス・キリストの使徒たちが前もって語った言葉を思い出しなさい。
NIVBut, dear friends, remember what the apostles of our Lord Jesus Christ foretold.
註解: Uペテ3:1以下参照。ユダは前節まで偽教師の特徴を叙述せる後、本節イスラエルかに読者に対する警戒と薦奨を与えている。まず第一は使徒たちが予め言葉をもって注意を喚起していたことで読者がすでに知っている事柄を想い起すべきことである。これを忘るることによりて偽教師の誘いに陥る恐れがある。
辞解
[使徒たち] かく言うはユダが自己を使徒の中に数えないことがわかる。

1章18節 (すなは)(なんぢ)らに(いへ)らく『(すゑ)(とき)(あざけ)(もの)おこり、(おの)()敬虔(けいけん)なる(よく)(したが)ひて(あゆ)まん』と。[引照]

口語訳彼らはあなたがたにこう言った、「終りの時に、あざける者たちがあらわれて、自分の不信心な欲のままに生活するであろう」。
塚本訳すなわち「末の世に自分の不敬虔な情慾に従って歩く嘲弄者が起こる」と君達に言った(ではないか。)
前田訳彼らはあなた方にいいました、「終わりの時に嘲けるものらが現われて、おのが不敬虔な欲のままに歩むでしょう」と。
新共同彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、あざける者どもが現れ、不信心な欲望のままにふるまう。」
NIVThey said to you, "In the last times there will be scoffers who will follow their own ungodly desires."
註解: ユダはおそらくペテロ前書3:1以下によりて認(したた)めたのであろう。然りとすれば「嘲る者」はキリストの再臨を嘲る者である。ただし本節前後の関係のみより見れば単に嘲る者は凡て神に関する事柄を嘲る不敬虔な態度を指すと見るべきであろう。かかる者、殊に再臨を嘲る者はその結果神の審判を恐れず、従って己が不敬虔なる慾に随って行動する。
辞解
[不敬虔なる] 原語 tōn asebeiōn は位置の関係上難解で種々の説あり(Z0参照)。

1章19節 (かれ)らは分裂(ぶんれつ)をなし、(じゃう)(よく)(ぞく)し、御靈(みたま)()たぬ(もの)なり。[引照]

口語訳彼らは分派をつくる者、肉に属する者、御霊を持たない者たちである。
塚本訳この人達は(人間を)区別し、(自分達だけが霊の者であると言いながら、実は自分こそ)霊を持たない肉の者である。
前田訳彼らは分離者、肉の者、霊を持たぬ者です。
新共同この者たちは、分裂を引き起こし、この世の命のままに生き、霊を持たない者です。
NIVThese are the men who divide you, who follow mere natural instincts and do not have the Spirit.
註解: 彼らは神およびキリストとの交わりを離れ、従って教会の中に分裂を来たらしめる輩である。彼らは御霊を持たない、すなわちキリスト者ではない。従って彼らは唯の肉の人、性来の人(生れながらの人。Tコリ2:14。ヤコ3:15)に過ぎず、肉的であって霊の事を解することができない。▲「情欲に属し」は psychikos でTコリ2:14。15:54および註参照。生れながらの人間、再生せざる人間のこと。

1章20節 されど(あい)する(もの)よ、なんぢらは(おの)がいと(きよ)信仰(しんかう)(うへ)(とく)()て、(せい)(れい)によりて(いの)り、[引照]

口語訳しかし、愛する者たちよ。あなたがたは、最も神聖な信仰の上に自らを築き上げ、聖霊によって祈り、
塚本訳しかし愛する者よ、君達は君達の最も聖なる信仰の上に自分を築き上げ、聖霊において祈り、
前田訳しかし、親愛な方々、あなた方はいとも聖らかな信仰の上に自らを築き、聖霊によって祈り、
新共同しかし、愛する人たち、あなたがたは最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下に祈りなさい。
NIVBut you, dear friends, build yourselves up in your most holy faith and pray in the Holy Spirit.
辞解
[甚(いと)潔き信仰の上に徳を建て] 信仰が基礎となりその上に徳を建て上げなければならない。
[聖霊によりて祈り] 形式的の祈祷は為さざるに如かず、祈りは聖霊によりて為されなければななない。

1章21節 (かみ)(あい)のうちに(おのれ)をまもり、永遠(とこしへ)生命(いのち)()るまで(われ)らの(しゅ)イエス・キリストの憐憫(あはれみ)()て。[引照]

口語訳神の愛の中に自らを保ち、永遠のいのちを目あてとして、わたしたちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。
塚本訳(賜わった)神の愛において自分を守り、永遠の生命に入れ給う私達の主イエス・キリストの憐憫を待ち望め。
前田訳神の愛のうちに自らを守り、われらの主イエス・キリストの永遠のいのちへ導くあわれみを待ち望みなさい。
新共同神の愛によって自分を守り、永遠の命へ導いてくださる、わたしたちの主イエス・キリストの憐れみを待ち望みなさい。
NIVKeep yourselves in God's love as you wait for the mercy of our Lord Jesus Christ to bring you to eternal life.
註解: 12節私訳「我らの主イエス・キリストの憐憫を待ちつつ、永遠の生命〔を得る〕まで神の愛のうちに己を守れ」。20、21の二節は読者に対する注意であって、神の愛のうちに己を守ることがその中心であり、その他の部分はこれを完(まっと)うする方法またはそれに関する注意である。すなわち必要なるものは信仰、行為、祈り、待望の心であり、これらは凡て神の愛、キリストの憐憫、聖霊の交わりによりて完うせられる。この二節の中に三位の神と信、望、愛の三要素が織込まれていることに注意せよ。
辞解
[永遠の生命〔を得る〕まで] キリストの再臨によりて永遠の生命が与えらるるまで。この句は文法上、憐憫、待て、守れの何れにも関係せしむることができる。最後の「守れ」に関係せしむることが最も適当なるが如し(M0、Z0)。

1章22節 また[(かれ)らの(うち)なる](うたが)(もの)をあはれみ、[引照]

口語訳疑いをいだく人々があれば、彼らをあわれみ、
塚本訳そして疑っている或る人々を説得し、
前田訳疑う人々があればあわれみ、
新共同疑いを抱いている人たちを憐れみなさい。
NIVBe merciful to those who doubt;
註解: 本節および次節は偽教師に惑わされつつある人々に対する態度を教えている。その第一種は偽教師の教えに対し半信半疑の態度を取っている者で、かかる者はこれを叱責することによりて益々真の信仰より遠ざかる恐れある故、かかる者をばこれを憐れまなければならない。
辞解
[彼らの中なる] 原文になし。これを挿入すればこの一節は偽教師中の或る者を指すこととなり、かく解する説もある。異本に「争う者をば之を審判(さば)き(A1)」とあり、またこれを「疑う者をば之を確信せしめ」と訳する説もあり(B1)、原本が混雑しているために種々の読み方あり。

1章23節 (ある)(もの)()より取出(とりいだ)して(すく)ひ、[引照]

口語訳火の中から引き出して救ってやりなさい。また、そのほかの人たちを、おそれの心をもってあわれみなさい。しかし、肉に汚れた者に対しては、その下着さえも忌みきらいなさい。
塚本訳或る人々を“火から引き出(すように)して”救い、また或る人々には同情せよ、(しかし)畏れをもって──肉に“穢された下着”すら憎め。
前田訳火から連れ出して救ってください。また、おそれをもってあわれむべき人々もあります。肉に汚れたものは、その着物をもお嫌いなさい。
新共同ほかの人たちを火の中から引き出して助けなさい。また、ほかの人たちを用心しながら憐れみなさい。肉によって汚れてしまった彼らの下着さえも忌み嫌いなさい。
NIVsnatch others from the fire and save them; to others show mercy, mixed with fear--hating even the clothing stained by corrupted flesh.
註解: 第二種のキリスト者は偽教師の教えに向う見ずに飛込む種類の人で、かかる人は今まさに誤れる教えの火に焼かれんとしている事故、火急にこれを火中より浚い出して救わなければならない。然らざれば彼らはついに肉慾の中に滅亡に帰してしまうであろう。

(ある)(もの)をその(にく)(けが)れたる下衣(したぎ)をも(いと)ひ、かつ(おそ)れつつ(あはれ)め。

註解: この種のキリスト者は第一種の人々のごとく偽教師の教えにつきて考察することをせず、従ってこれを確信しているまでに至らないけれども、唯肉の弱さのために彼らと同じ汚穢に身を受けし種類の人々であろう。この種の人に対してはその汚行に対する徹底的嫌悪の心を持ち、神を畏れつつ彼らの弱さを憐れまなければならない。然らざれば自己もその汚穢の中に引き入れらるるであろう。
辞解
[下衣] 肉の汚穢を甚だしく厭う心持が肉に接触せるその下衣までも厭うほど強くあるべきこと。

1-5 頌栄 1:24 - 1:25

1章24節 (ねが)はくは(なんぢ)らを(まも)りて(つまづ)かしめず、(きず)なくして榮光(えいくわう)御前(みまへ)歡喜(よろこび)をもて()つことを()しめ(たま)(もの)[引照]

口語訳あなたがたを守ってつまずかない者とし、また、その栄光のまえに傷なき者として、喜びのうちに立たせて下さるかた、
塚本訳踏み外すことなきよう君達を見守り、(最後の日)瑕無き者として歓びをもってその栄光の前に立たせ得給う方に、
前田訳あなた方をつまずきから守り、その栄光の前に傷なく、よろこびのうちに立たせえたもうものに、
新共同あなたがたを罪に陥らないように守り、また、喜びにあふれて非のうちどころのない者として、栄光に輝く御前に立たせることができる方、
NIVTo him who is able to keep you from falling and to present you before his glorious presence without fault and with great joy--

1章25節 (すなは)(われ)らの救主(すくひぬし)なる唯一(ゆゐいつ)(かみ)に、榮光(えいくわう)稜威(みいつ)權力(ちから)權威(けんゐ)、われらの(しゅ)イエス・キリストに()りて、(よろづ)()(まへ)にも(いま)(よろづ)()までも()らんことを、アァメン[引照]

口語訳すなわち、わたしたちの救主なる唯一の神に、栄光、大能、力、権威が、わたしたちの主イエス・キリストによって、世々の初めにも、今も、また、世々限りなく、あるように、アァメン。
塚本訳我らの救い主(なる)唯一の神に、我らの主イエス・キリストによって、永遠の前も、今も、永遠の後までも、栄光、稜威、権力の帰せんことを! アーメン。ヨハネの黙示
前田訳すなわち、われらの救い主にいます唯一の神に、栄光と大能と力と権威がわれらの主イエス・キリストによって、すべての世の初めも今も、世々とこしえにもありますように。アーメン。
新共同わたしたちの救い主である唯一の神に、わたしたちの主イエス・キリストを通して、栄光、威厳、力、権威が永遠の昔から、今も、永遠にいつまでもありますように、アーメン。
NIVto the only God our Savior be glory, majesty, power and authority, through Jesus Christ our Lord, before all ages, now and forevermore! Amen.
註解: この頌栄は新約聖書の頌栄中の白眉である(Z0)。Tテサ5:23。ロマ16:25以。エペ3:20。偽教師の誘惑より我らを守りて躓かしめず、キリスト再臨の時歓喜をもって栄光の御前に立つを得しめ給う者は我らの努力にあらず神の力である。この神こそ崇めらるべき神に在し給う、1、2節参照。而してこの神は「イエス・キリストによりて我らの救い主に在す唯一の神」(Z0、M0、A1 による私訳)である。ゆえにキリストを拒み、従って神をも拒む偽教師はこの神の審判を受けなければならない。「栄光、稜威、権力、権威」等をここに掲げし所以は偽教師らの汚穢と権威なきことに対応せんがためである。かくしてこの頌栄は偽教師に対する勝利は神に在り、また神に依り頼む者にあることを示す。
辞解
[イエス・キリストによりて] 「救主」にかけるを可とす。
[稜威] megalōsumē はその荘厳にして威風堂々たる姿。
[権力] kratos は事を為し得る力。
[権威] exousia は事を為し得る権。
要義 [ユダ書の精神]偽教師の突然の侵入に対し主の羊を守らんがための警鐘である。従って論議せられし事柄は一面的であり、見るべき系統もない。しかしながらこの中に主の兄弟ユダが主の僕として如何にその羊を愛するかをみることができ、また如何に不義汚行を悪(にく)むかを窺うことができる。本書に記さるるごとき偽教師は今日の教会には顕われていないであろう。しかしその精神は今日もなお多くのキリスト者を支配しているのであって、我らはこの書簡より多くの真理を学ぶことができる。なおこの偽教師の特徴についてはペテロ後書第2章末尾要義参照。