ヘブル人への書

 

[本書の著者]本書は書簡としての普通の形式を欠き、冒頭の発信人の名が記されていない。五世紀の始め頃よりは一般にパウロの書簡の一つに加えられていたけれども、その以前においては唯わずかに東方教会の一部においてパウロをその著者とする説が信ぜられしに過ぎなかった。本書はその信仰の基調においても、また多くの重要なる教理においても全くパウロの信仰に一致しているけれども、(1)そのギリシャ語に熟達せること(新約聖書中最も巧みなるギリシャ文であると言われている)、(2)もっぱら七十人訳のみより旧約聖書を引用せる点、(3)用語および文体を異にすること、(4)律法、大祭司等の観念につきてパウロに見ざる観念を含んでいること、(5)殊に全体としてパウロの他の書簡のごとき筆力、自己の信仰体験の生き生きした叙述、および彼特有の創造力を欠くこと等より見てこの著者がパウロにあらずと断言することは略正鵠を得ていることであろう。従って真の著者は誰なりやについて種々の推測が行われ、中につきバルナバ、ルカ、シラス、クレメント、アポロ、プリスカおよびアクラ等をその著者とする説は各々有力なる理由を持っているけれども未だ完全無欠の証明を得ることができず、要するに本書の著者は全く不明である。唯この著者はユダヤ人にしてギリシャ語に精通し、文章に巧みであり、アレキサンドリヤの文学および思想の影響を受け、また旧約聖書の神学およびキリストの福音に通達せる熱心なる信者であったことを知り得るのみであって本書は「父なく母なく系図なき」(7:3)一書簡である。

 

[本書の受領者]本書はその内容より判断してキリスト者となれるユダヤ人すなわちヘブル人に宛てられたものである。この判断に従って古よりベブル人への書簡と称せられていた。近代に至って6:1以下。9:13等がユダヤ人に相応していないとの理由、および当時の異邦人キリスト者も旧約聖書に精通していたとの理由により異邦人キリスト者に宛てたる書簡なりとの説をなす者があるけれども、全体の調子殊に1:1がその然らざることを示し、従来の解釈が正しいことを疑う必要はない。何処のユダヤ人なりしやについて種々の憶測があるけれども主要なる説はエルサレムにおけるユダヤ人のキリスト者に宛てたものと解する説と、ローマにおけるそれらに宛てたものと解する説とである。(1)この書が最も早くローマにおいて用いられし証跡があること、(2)ギリシャ語を解するユダヤ人に宛てられしこと、(3)13:24のイタリヤ人よりの挨拶等よりローマ説有力なるもののごとくに思われる。おそらくローマにおけるユダヤ人のキリスト者の家の教会に宛てられしものであろう(10:2513:17)。

 

[本書の認(したた)められし時と処]時については二説あり。一つは8:413:10よりエルサレムの神殿のなお存する間に書かれし者すなわち紀元七十年より以前なりとなし、一つは以上の諸節は実際の宮や事実上の礼拝を述べたのではなく表徴的の意味に過ぎずと解し、而して本書の内容たる信仰の衰退はあまりに早く来ることが無かるべしとの考えより七十年以後に録されしものと解している。ただしローマのクレメントは九十六、七年頃に本書を利用している以上、本書はその以前に録されしことは事実であってこれを否定する人はない。何れとも確定することはできないけれども第一説が事実に近いであろう。本書の認(したた)められし場所は不明である。

 

[本書の内容および目的]本書の内容およびその認(したた)められし目的はキリストを信ずる信仰が凡ての点において旧約のユダヤ教に愈(まさ)れること、および旧約の諸々の聖徒、儀式、犠牲その他は凡てキリストの型であって、その対型(Antitupon)なるキリストの顕わるることによりて旧約の霊的意義が実現せられしこと、旧約を比喩的に解することによりてややもすれば形式的ユダヤ教に復帰せんとする者、または迫害のために信仰を失わんとする者、または信仰が停滞しつつある者を教訓し慰藉し奨励せんとしたのである。

 

[本書の特徴]それ故に本書は初学者にとりて難解でありかつあまりに興味を引かないけれども旧約聖書の祭事預言の大体に通じ、新約の福音の要諦を弁えて後は本書の中より深き霊的滋味を汲み取ることができる。すなわち本書はその内容において聖書中特異の性質を有するものの一つである。