黒崎幸吉著 註解新約聖書 Web版第1テモテ書

第1テモテ書第6章

分類
2 テモテに対する諸種の注意 1:3 - 6:21
2-6 諸種の警戒 6:1 - 6:21
2-6-イ 奴隷の不従順を戒む 6:1 - 6:2  

6章1節 おほよそ(くびき)(した)にありて奴隷(どれい)たる(もの)は、おのれの主人(あるじ)(まった)(たふと)ぶべき(もの)と[す]((おも)ふ)べし。[引照]

口語訳くびきの下にある奴隷はすべて、自分の主人を、真に尊敬すべき者として仰ぐべきである。それは、神の御名と教とが、そしりを受けないためである。
塚本訳軛の下に在る奴隷は皆、自分の主人(がどんな主人であっても、これ)をあらん限りの尊敬に値する者と考えよ、神の御名と、(主の)教えが涜されないためである。
前田訳すべて軛の下にある奴隷は、おのが主人を真に尊敬に値するものと思うべきです。神のみ名と教えとが汚されないためです。
新共同軛の下にある奴隷の身分の人は皆、自分の主人を十分尊敬すべきものと考えなければなりません。それは、神の御名とわたしたちの教えが冒涜されないようにするためです。
NIVAll who are under the yoke of slavery should consider their masters worthy of full respect, so that God's name and our teaching may not be slandered.
註解: 不信者を主人に持つ信者たる奴隷が主人に対して如何に振舞うべきかの教訓である。奴隷であっても信仰を有つ場合神の子とせらるるのであるが、事は神の国における身分であって、この世においてはこの世の秩序に順(したが)うことが神の御旨である。それ故に奴隷たる身分およびこれに伴う主人との関係は信者となりて後も不変である。否神の子としてこの秩序を一層完全に実現し、自己の職務を一層完全に遂行するために、その主人がたとい不信者であり、またたとい如何に無価値な人間である場合でも、これをあらゆる尊敬に値している者と思うべきである。奴隷が信者となった場合往々にして主人に反抗し、主人に対する尊敬を失うようになり易いので、かく教えたのである。
辞解
[軛の下にありて奴隷] 「軛の下にある奴隷」と訳す方よろし、牛馬等と同様に考えられ取扱われている奴隷の意味で、当時一般に奴隷はかく考えられていた。ただし主人が信者である場合、この点全く異なり、奴隷を人間として取扱った。奴隷制度は直ちに撤廃されなかったけれども、心が一変した。

これ(かみ)()(をしへ)との(そし)られざらん(ため)なり。

註解: 一人の信者たる奴隷の悪しき態度は直ちに福音そのもの、およびキリストの父なる神の御名に対する非難を招くに至る。自分一人の非難はなお忍ぶべしとするも、神とその教えとに対する非難はまことに申訳がない。

6章2節 信者(しんじゃ)たる主人(あるじ)()てる(もの)は、その兄弟(きゃうだい)なるに()りて(これ)(かろ)んぜず、[引照]

口語訳信者である主人を持っている者たちは、その主人が兄弟であるというので軽視してはならない。むしろ、ますます励んで仕えるべきである。その益を受ける主人は、信者であり愛されている人だからである。あなたは、これらの事を教えかつ勧めなさい。
塚本訳また信者の主人をもつ奴隷は、主人が(主にある)兄弟であるからといって(これを)軽んぜず、むしろ却つて(熱心に)奉公しなくてはいけない。主人は信者で、神に愛される者であって、(凡ての人に、然り、奴隷にも)親切を尽くそうとしているのであるから。このことを教え且つ勧めよ。──
前田訳信徒である主人を持つものは、兄弟であるからと軽視せず、むしろより多く仕えるべきです。その益を受けるのは信徒である愛すべき人々だからです。これらのことを教え、また勧めてください。
新共同主人が信者である場合は、自分の信仰上の兄弟であるからといって軽んぜず、むしろ、いっそう熱心に仕えるべきです。その奉仕から益を受ける主人は信者であり、神に愛されている者だからです。これらのことを教え、勧めなさい。
NIVThose who have believing masters are not to show less respect for them because they are brothers. Instead, they are to serve them even better, because those who benefit from their service are believers, and dear to them. These are the things you are to teach and urge on them.
註解: 信者同志は兄弟である。しかしこれは神の国の関係、信仰の世界における事実であって、これがためにこの世の秩序が消滅したのではない。この世においては治者、被治者、命令する者、服従する者というごとき秩序が必要であり、かつこれは神の定めである。故に主人が自分と同じ信者であっても、これを主人としてこれに服(したが)うべきであってこれを同輩視すべきではない。

反って(いや)増々(ますます)これに(つか)ふべし。その(えき)()くる[主人(あるじ)]は信者(しんじゃ)にして(あい)せらるる(もの)なればなり。

註解: 奴隷の善き奉仕によりて益を受くる者すなわち主人は、自分と同じく神の子たる信者であり神に愛せらる者である故、益々熱心にこれに事(つか)うべきで、如何に熱心に事(つか)えても足れりとしない。これは結局神を喜ばせまつることとなる故、自分にとりてもこの上の喜びはないはずである。
辞解
[益を受くる] すなわち「恵沢に与る」者を主人と見るか奴隷と見るかにつき異論あり、またこれを「善業にいそしむ」と訳すべしとする説あり、その結果難解の一句で(1)〔奴隷に対し〕善行にいそしむ主人は信者にして愛せらるる者なればなり(M0、W2)。(2)奴隷の善き業に与る主人は信者にして愛せらるる者なればなり(I0)。(3)主人の善き業に与る奴隷はかえって彌(いよいよ)増しこれに事(つか)うべし、そは主人は・・・・・。(4)その主人は信者にして善行にいそしむ者は愛せらる者なればなり(Z0)。(5)神より受けし恩沢を分配する主人は信者にして・・・・・(B1)等種々に訳される。たぶん(2)が最も適当ならん。
要義 [神の国における身分とこの世の秩序]キリスト者は往々にしてその神の子たる身分の故に、この世における上下の秩序を無視し易い。支配者に対し、父母に対し、師傳に対し平等の態度を取ることをキリスト教的と考え易い。しかしながら神はこの世を治むるがために秩序を定め給うた。神の子としての平等なる身分は、この世の秩序を無視することを意味しない。神の子としての平等は、霊の問題であって肉の問題ではない。神は凡てのキリスト者をみな等しく子として取扱い給うと同時に、この世においては彼らを各々異なる関係に立たしめ給う。我らはこの両者を何れも神の御旨としてかしこみ守らなければならない。

(なんじ)これらの(こと)(おし)へかつ(すすか)めよ。

註解: これは現行訳では次節に関連するもののごとくに取扱っているけれども、むしろ前節の結論と見るべく、テモテに対してキリスト者となりたる奴隷に上のごとくに教うべきことを示したのである。

2-6-ロ 異端を避くべきを教えよ 6:3 - 6:5  

6章3節 もし(こと)なる(をしへ)(つた)へて、健全(けんぜん)なる(ことば)すなはち(われ)らの(しゅ)イエス・キリストの(ことば)と、敬虔(けいけん)にかなふ(をしへ)とを(うけが)はぬ(もの)あらば、[引照]

口語訳もし違ったことを教えて、わたしたちの主イエス・キリストの健全な言葉、ならびに信心にかなう教に同意しないような者があれば、
塚本訳もし(真の福音と)違った教えを説き、我らの主イエス・キリストの健全なる言と、敬虔なる教えに賛成しない者があるなら、
前田訳もし異なる教えをして、健全なことばすなわちわれらの主イエス・キリストのことばと敬虔にかなう教えに従わぬものがあれば、
新共同異なる教えを説き、わたしたちの主イエス・キリストの健全な言葉にも、信心に基づく教えにも従わない者がいれば、
NIVIf anyone teaches false doctrines and does not agree to the sound instruction of our Lord Jesus Christ and to godly teaching,

6章4節 その(ひと)傲慢(がうまん)にして(なに)をも()らず、ただ議論(ぎろん)言爭(いさかひ)とにのみ(ふけ)るなり、[引照]

口語訳彼は高慢であって、何も知らず、ただ論議と言葉の争いとに病みついている者である。そこから、ねたみ、争い、そしり、さいぎの心が生じ、
塚本訳その人は思い上がっていて、何もわからず、(ただ)議論と口論の病気に罹っているので、それから出て来るものは嫉み、争い、誹謗、邪推であり、
前田訳それは目しいで何もわからず、ことばの問答や論争に病みついています。そこから、妬み、争い、そしり、悪い疑いが生じ、
新共同その者は高慢で、何も分からず、議論や口論に病みつきになっています。そこから、ねたみ、争い、中傷、邪推、
NIVhe is conceited and understands nothing. He has an unhealthy interest in controversies and quarrels about words that result in envy, strife, malicious talk, evil suspicions
註解: 前節「これらの事を教へよ」より連想して異端を教うる教師を警戒すべきことを注意している。これら偽教師の特徴はパウロの教えし所と異なる教えを伝えること、而して健全なる言(1:10辞解参照)を受納れぬこと(健全なる言とはイエス・キリストの言より外になく、而してこの中にはイエスが使徒、預言者を通じて語り給える言をも含むと見るべきである)および敬虔にかなう教えすなわち正しき信仰を教うる教えを肯わぬ者のことを言う。この種の人々は何も知らないくせに傲慢となり、議論と言争いに病みつくに至る。
辞解
[耽る] 病気となる意味の語で「健全なる言」と相対立する。

(これ)によりて嫉妬(ねたみ)爭鬪(あらそひ)()しき(おもひ)[おこり]、

6章5節 また(こころ)(くさ)りて眞理(まこと)をはなれ、敬虔(けいけん)()(えき)(みち)とおもふ(もの)爭論(さうろん)[おこるなり]。[引照]

口語訳また知性が腐って、真理にそむき、信心を利得と心得る者どもの間に、はてしのないいがみ合いが起るのである。
塚本訳(また)理性を失い真理を奪われた人達の不断の争闘である。この人達は信心を金儲けと考えている。
前田訳 心が腐って真理を離れ、敬虔を利益の道と思う人々の衝突がおこります。
新共同絶え間ない言い争いが生じるのです。これらは、精神が腐り、真理に背を向け、信心を利得の道と考える者の間で起こるものです。
NIVand constant friction between men of corrupt mind, who have been robbed of the truth and who think that godliness is a means to financial gain.
註解: 信仰の陥る弊害は自らを正しとして他を容れず、その結果他の隆盛を嫉んであるいはこれを誹謗し、あるいはこれと分争し、あるいはこれを悪しざまに考え、多くの徒党を造りて自己の利益を図るようになり、かくしてその心は腐れ、真理はその心より剥奪せられ、敬虔を商売と心得る売僧のごときものとなり、かくして彼らは唯空しき論争を事とするごとき状態となる。信仰が不健全となる時、必ずこれらの諸々の悪徳が発生し傲慢、嫉妬、闘争、利慾等に支配せられ、真理は彼らを離れ唯無意味の論争に耽るに至る。
辞解
[眞理をはなれ] 「真理を剥奪され」の意。
[敬虔] 牧会書簡にては「信仰」というに同じ。
[利益の道] porismos は俗に「商売」というがごとし(L1)。
[争論] diaparatribē なる複合詞は無益にして激しき争論を指す。

2-6-ハ 富の誘惑に陥るな 6:6 - 6:10  

6章6節 されど()ることを()りて敬虔(けいけん)(まも)(もの)は、(おほい)なる()(えき)()るなり。[引照]

口語訳しかし、信心があって足ることを知るのは、大きな利得である。
塚本訳信心はたしかに大きな「金儲け」である──足るを知るなら!
前田訳たしかに、足るを知る敬虔は利益の道です。
新共同もっとも、信心は、満ち足りることを知る者には、大きな利得の道です。
NIVBut godliness with contentment is great gain.
註解: 直訳「知足を伴う敬虔は大なる収益の道なり」であるが、ここでは「収益の道」(または「商売」)は諧謔(かいぎゃく)的(C1)もしくは抽象化されし意味(E0)に用いたので、「自足の念を伴う信仰は生活を保証すること」(B1)を意味したのではない。自足の念を伴う信仰ほど我らの生活に益を与うるものなしとの意味である。その故は9、10節のごとき結果に陥ることを免るるが故である。

6章7節 (われ)らは(なに)をも(たづさ)へて()(きた)らず、また(なに)をも(たづさ)へて[()を]()ること(あた)はざればなり。[引照]

口語訳わたしたちは、何ひとつ持たないでこの世にきた。また、何ひとつ持たないでこの世を去って行く。
塚本訳本当に私達は何一つ持たずにこの世に来たのである。従って何一つ持って(この世を)去ることは出来ない。
前田訳われらはこの世に何も持ち来たらず、また何も持ち去りえません。
新共同なぜならば、わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。
NIVFor we brought nothing into the world, and we can take nothing out of it.
註解: ヨブ1:21。伝5:14、15等にも同様の思想あり、仏教その他の宗教や哲学にも同様の言葉あり。この思想は我らの利慾心の無意味なるをさとらしむるに効あり。
辞解
原文の構造につき議論多き一節なれど意味は上記のごとく明瞭である。

6章8節 ただ(ころも)(しょく)あらば(われら)()れりとせん。[引照]

口語訳ただ衣食があれば、それで足れりとすべきである。
塚本訳だから(とにかく)食う物と着る物があれば、それで足れりとしよう。
前田訳衣食があればわれらはそれで足るとすべきです。
新共同食べる物と着る物があれば、わたしたちはそれで満足すべきです。
NIVBut if we have food and clothing, we will be content with that.
註解: 生活の最低限をもって満足することは最も賢明なる信仰的生活態度である。
辞解
「衣食」の「衣」 skepasma は「覆うもの」の意味で、本来住居をも含む意味の語であるが衣服のみにつきても用いらる。本節のみに特にこの語を用いたのは(新約聖書中唯一回)、本来の意味に解すべきことを示すものであろう。衣服につきては常に他の語を用う。

6章9節 されど()まんと(ほっ)する(もの)は、誘惑(まどはし)(わな)、また(ひと)滅亡(ほろび)沈淪(ちんりん)とに(おぼ)らす(おろか)にして(がい)ある各樣(さまざま)(よく)(おちい)るなり。[引照]

口語訳富むことを願い求める者は、誘惑と、わなとに陥り、また、人を滅びと破壊とに沈ませる、無分別な恐ろしいさまざまの情欲に陥るのである。
塚本訳しかし金持ちになろうとする者は誘惑と罠と、愚にして有害な種々の慾とに陥る。そしてこれが人を堕落と滅亡とに突き落とすのである。
前田訳富むことを望むものは誘惑とわなと多くの愚かで危ない欲望に陥ります。これらは人々を堕落と滅びに落としこむものです。
新共同金持ちになろうとする者は、誘惑、罠、無分別で有害なさまざまの欲望に陥ります。その欲望が、人を滅亡と破滅に陥れます。
NIVPeople who want to get rich fall into temptation and a trap and into many foolish and harmful desires that plunge men into ruin and destruction.
註解: 富を欲する心ほど危険なものはない。人は富を得んがために種々の誘惑に陥る。すなわちあるいは不正、不当の利益を求めあるいは急速に富まんとして無理をする。而してこの誘惑は恐るべき羂(わな)となりて彼らを陥れる。また富そのものもまた種々の肉慾、虚栄、名誉慾等に人を誘い、ついに心身の滅亡に陥らしむる例は甚だ多い。我らは唯神の与え給いし職務に勤勉に従事すべきであり富まんことを求めてはならない。

6章10節 それ(かね)(あい)するは諸般(もろもろ)()しき(こと)()なり、ある人々(ひとびと)これを(した)ひて信仰(しんかう)より(まよ)ひ、さまざまの(いたみ)をもて(みづか)(おのれ)()しとほせり。[引照]

口語訳金銭を愛することは、すべての悪の根である。ある人々は欲ばって金銭を求めたため、信仰から迷い出て、多くの苦痛をもって自分自身を刺しとおした。
塚本訳あらゆる悪の根は金を欲しがることにあるから。或る人はこれに憧れて信仰から迷い、多くの苦痛で自分を刺し通した。
前田訳金銭欲は諸悪の根源です。それを求めてある人々は信仰から迷い出て、さまざまの苦しみで自らを刺し貫きました。
新共同金銭の欲は、すべての悪の根です。金銭を追い求めるうちに信仰から迷い出て、さまざまのひどい苦しみで突き刺された者もいます。
NIVFor the love of money is a root of all kinds of evil. Some people, eager for money, have wandered from the faith and pierced themselves with many griefs.
註解: 古今東西、金銭上の誘惑が如何に大なる力であり、またこれが如何に多くの悪を生み出したかは今さら説明を要しない。唯これがキリストを信ずる者の上にも大なる力を有することを忘れてはならない。殊にパウロは3節以下において「異る教を伝ふる者」の貪慾(6節)につきて戒めているのである故、この最後の金銭慾に対する警戒もテモテにとりて必要であると感じたのであろう。
辞解
[これを慕ひ] 「金銭を慕い」の意味で「金(かね)を愛することを慕う」意味ではない。文法上は原文そのものも不精確なり。
[痛(いたみ)] 良心の苦痛(B1、M0)と限る必要はない。金銭慾に迷わされて信仰を離れし者は始めより信仰なき者に比して一層甚だしき種々の不幸に襲わるることを我らは目撃することができる。
要義 [富者の不幸]キリスト者は自ら富まんと欲してはならない。この欲望に従って行動することは神に対する信頼とは相容れない。9、10節に示すがごとき種々の禍害必ずこれに伴う。これに反し富まんと欲せず唯神の御旨を行わんとする者は、神は必ずこれを飢えしめず、必要なる物資をこれに与え給う、かくして益々信仰の生涯を送ることができるようになるのである。

2-6-ニ 潔く義しき生涯を送れ 6:11 - 6:16  

6章11節 (かみ)(ひと)よ、なんぢは(これ)()のことを()け[て](よ)、()敬虔(けいけん)信仰(しんかう)(あい)忍耐(にんたい)柔和(にうわ)とを()(もと)め(よ)、[引照]

口語訳しかし、神の人よ。あなたはこれらの事を避けなさい。そして、義と信心と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求めなさい。
塚本訳ああ、しかし神の人よ、君はこれを避け、義、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めよ。
前田訳しかし神の人であるあなたはこれらを避けて、義、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和をお求めなさい。
新共同しかし、神の人よ、あなたはこれらのことを避けなさい。正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい。
NIVBut you, man of God, flee from all this, and pursue righteousness, godliness, faith, love, endurance and gentleness.

6章12節 信仰(しんかう)()き戰闘をたたかへ、永遠(とこしへ)生命(いのち)をとらへよ。[引照]

口語訳信仰の戦いをりっぱに戦いぬいて、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたは、そのために召され、多くの証人の前で、りっぱなあかしをしたのである。
塚本訳信仰の善い戦いを戦い、永遠の生命を捉えよ。君はこの生命に召されて、多くの証人達の前で(信仰の)よき告白をしたのである。
前田訳信仰のよい戦いを戦い、永遠のいのちをお受けなさい。あなたはそのために召されて多くの証人の前でよい証をしたのです。
新共同信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。
NIVFight the good fight of the faith. Take hold of the eternal life to which you were called when you made your good confession in the presence of many witnesses.
註解: 四つの命令が連発されている。もし日本語の構文法により最後の動詞のみを命令形に訳すとすれば、現行訳中の第三の動詞「たたかへ」をも「たたかひ」とすべし。「神の人」は神のごとき人の意味ではなく、神の器として用いらるる人を意味す(申33:1。Iサム2:27)。それ故に他の人間以上の人間として誇るための名称ではなく、他の人々以上の義務を負わしめられていることを示す。パウロは第一にテモテに神の人としてこれらの事(4−10節)に陥ることなくこれを避くべきこと。而して第二に反対に義以下六つの徳を追求すべきことを命じている。この六つの徳はみな4、5節の悪の反対であって、神の人の当然追い求むべき事柄である。第三の命令は信仰の善き闘いをたたかうことである。信仰は競技のごとく、奮闘努力を要する。而してこれは善き闘いであって神の御旨に叶い、善き賞賜を期待することができる。第四の命令は永遠の生命をとらうべきことであって、これは信仰の善き闘いをたたかう場合の目的であり(M0)、信仰の闘いによりて贏(か)ち得る処のものである。以上の四つの命令は勿論相互に関連しておりその中の一つを欠けば他を得ることができない。
辞解
[戦闘(たたかい)] agōn はピリ1:30。IIテサ4:7と同じく競技における闘争を指す。1:18の「戦闘」 strateia は戦における闘争をいう。

(なんぢ)これが(ため)(めし)(かうむ)り、また(おほ)くの證人(しょうにん)(まへ)にて()言明(いひあらはし)をなせり。

註解: テモテの召命と、その伝道とその生活とによって為せる善き言明(告白)とは、以上のごとき生活とその目的達成のためであった。
辞解
[言明(いいあらわし)] homologia は次節の場合と同じく単なる口頭の形式的告白ではなく、全人格全生活そのものをもってする信仰の告白である。
[これが為] 11、12節の四つの命令を完(まっと)うするための意。

6章13節 われ(すべ)ての(もの)()かしたまふ(かみ)のまへ、(およ)びポンテオ・ピラトに(むか)ひて()言明(いひあらはし)をなし(たま)ひしキリスト・イエスの(まへ)にて(なんぢ)(めい)ず。[引照]

口語訳わたしはすべてのものを生かして下さる神のみまえと、またポンテオ・ピラトの面前でりっぱなあかしをなさったキリスト・イエスのみまえで、あなたに命じる。
塚本訳私は万物に生命を賜う神と、ポンテオ・ピラトの前で善き証しを為し給うたキリスト・イエスとの前で、(君に堅く)命ずる──
前田訳わたしは万物を生かしたもう神と、ポンテオ・ピラトのとき、よい証をなさったキリスト・イエスの前で命じます、
新共同万物に命をお与えになる神の御前で、そして、ポンティオ・ピラトの面前で立派な宣言によって証しをなさったキリスト・イエスの御前で、あなたに命じます。
NIVIn the sight of God, who gives life to everything, and of Christ Jesus, who while testifying before Pontius Pilate made the good confession, I charge you
註解: パウロは神とキリストの使徒たる資格をもってその前にてテモテに次節の命令を出している。すなわち神の権威をもってする命である。而してその神は万物を創造し、これに生命を与え、これを保ち給う神であり、キリストはその生命をささげ、血をながしてまでもその神の子たることとその使命とを告白し給うたキリストである。従ってテモテもこれを思い、死を恐れず真の信仰を告白すべきである。

6章14節 (なんぢ)われらの(しゅ)イエス・キリストの(あらは)れたまふ(とき)まで汚點(しみ)なく()むべき(ところ)なく、誡命(いましめ)(まも)れ。[引照]

口語訳わたしたちの主イエス・キリストの出現まで、その戒めを汚すことがなく、また、それを非難のないように守りなさい。
塚本訳我らの主イエス・キリストの顕れ給う時まで欠くる所なく、一点非難の打ち所なく(私の)この命令を守れ。
前田訳われらの主イエス・キリストの出現まで、汚れなく、とがなく、おきてをお守りなさい。
新共同わたしたちの主イエス・キリストが再び来られるときまで、おちどなく、非難されないように、この掟を守りなさい。
NIVto keep this command without spot or blame until the appearing of our Lord Jesus Christ,
註解: この「誡命」は1:5の命令と同じく、キリスト者のあらゆる行為に関する教訓というに同じ、パウロはテモテに向ってキリスト再臨の時までこの誡命を完全に遵守し、汚点なく責むべき所なきものとなっているべきことを命じている。父の子に対する愛の教訓である。
辞解
[現れたまふ時] epiphaneia は王の臨幸等に用うる語であるが、牧会書簡では主としてキリストの再臨につきて用いている。なお、「守れ」を「保存せよ」の意味に解し、誡命に傷を付けずに完全に存せよとの意味に解する説あれど(W2、Z0)上記註のごとくに解するを可とす(B1、E0)。

6章15節 (とき)いたらば幸福(さいはひ)なる唯一(ゆゐいつ)君主(くんしゅ)、もろもろの(わう)(わう)、もろもろの(しゅ)(しゅ)、これを(あらは)(たま)はん。[引照]

口語訳時がくれば、祝福に満ちた、ただひとりの力あるかた、もろもろの王の王、もろもろの主の主が、キリストを出現させて下さるであろう。
塚本訳その時が来れば、至幸唯一の主権者、王の王、主の主(なる神)は、(必ず)彼を(私達に)示し給うであろう。
前田訳彼の出現は、さいわいにいます唯一の君、もろもろの王の王、もろもろの主の主がみ心にかなう時に成就なさるでしょう。
新共同神は、定められた時にキリストを現してくださいます。神は、祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、
NIVwhich God will bring about in his own time--God, the blessed and only Ruler, the King of kings and Lord of lords,

6章16節 (しゅ)(ただ)ひとり()()(たも)(ちか)づきがたき(ひかり)()み、(ひと)(いま)()ず、また()ること(あた)はぬ(もの)なり。(ねが)はくは尊貴(たふとき)(かぎ)りなき權力(ちから)(かれ)にあらんことを、アァメン。[引照]

口語訳神はただひとり不死を保ち、近づきがたい光の中に住み、人間の中でだれも見た者がなく、見ることもできないかたである。ほまれと永遠の支配とが、神にあるように、アァメン。
塚本訳神は(ただ)独り不死を有ち、近づき難き光に住み、誰一人これを見た者がなく、また見ることも出来ない。栄誉と永遠の権力彼にあれ!アーメン。
前田訳彼だけが不死を保ち、近づきえぬ光に住み、だれも見たことがなく、見ることができない方です。彼に永遠の誉れと力がありますように。アーメン。
新共同唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン。
NIVwho alone is immortal and who lives in unapproachable light, whom no one has seen or can see. To him be honor and might forever. Amen.
註解: 「これを顕す」はキリストの再臨を実現し給うこと。「時いたらば」は直訳「彼自身の時において」で彼の定め給える時、または彼の善しと見給う時を指す。ここに神に関する多種多彩の形容を羅列している。かかる神にして始めてキリストの再臨の栄光をあらわすことを得給う。この神にこそ尊貴(とうとき)と限りなき権力(ちから)とあらんことをパウロは祈っているのである。感極まって頌栄に終るのはパウロの常習である。
辞解
[幸福なる] 神のみが真の意味において幸福である(マタ5:3)。
[君主] dynastēs は「能力ある者」の意で万能の神に相応しき形容。
[近づきがたき光に住み] 神は光であって光の中に住む、その光輝はまばゆくして近づくことができない。この形容は神の栄光のかがやきの著しきことを示しているのであって、具体的に光が如何にして光の中に住むや等の穿鑿(せんさく)をなすべきではない。

2-6-ホ 富者の矯慢を戒めよ 6:17 - 6:19  

6章17節 (なんぢ)この()()める(もの)(めい)ぜよ。[引照]

口語訳この世で富んでいる者たちに、命じなさい。高慢にならず、たよりにならない富に望みをおかず、むしろ、わたしたちにすべての物を豊かに備えて楽しませて下さる神に、のぞみをおくように、
塚本訳この世の金持ち達に(堅く)命ぜよ──高慢にならぬように、また不確かな富でなく、私達を楽しませようとして豊かに万物を与え給う神に望みを置くように、
前田訳この世の富む者どもにお命じなさい。高ぶらず、定まらぬ富に望みを置かず、われらにすべてを豊かにそなえて用いさせたもう神に望みを置き、
新共同この世で富んでいる人々に命じなさい。高慢にならず、不確かな富に望みを置くのではなく、わたしたちにすべてのものを豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。
NIVCommand those who are rich in this present world not to be arrogant nor to put their hope in wealth, which is so uncertain, but to put their hope in God, who richly provides us with everything for our enjoyment.
註解: パウロは前節をもってこの書簡を終えんとして今また本節以下を附加するの必要を思い起したことであろう。エペソには当時相当多くの富める信者があったと見える。パウロはテモテをして次のごとくに彼らに命ぜしめた。
辞解
[この世の] 原文「今の世の」、天国においえ富める者と混同せざらんがためである。

(たか)ぶりたる(おもひ)をもたず、

註解: 富者は高慢になり易い。この高慢の心が彼らの奢侈を当然と考えるに至らしめる。

(さだめ)なき(とみ)(たの)まずして、

註解: 盛者必衰、富者の富もまた明日の運命を知ることができない。かかる不安定なる富に希望を繋ぐことは愚かなことである。
辞解
[定めなき富] 原文「富の不安定」であるが意味は現行訳のごとくにて宜し。
[恃む] 「望む」「希望をかける」の意。

(ただ)われらを(たの)しませんとて(よろづ)(もの)(ゆたか)(たま)(かみ)に[依頼(よりたの)み]、

註解: 富に希望を置かずして神に希望を置くことがキリスト者の義務である。而してこのことは富者において特に困難である故殊にこの注意を必要としたのであった。富のたのむべからざるはその不安定なるがためであり、神の頼むべきは「萬の物を豊に賜ふ」が故である。神を宝庫としてこれに依り頼む者は乏しきことがない。而して神は我らをしてそれを楽しみ用いんために萬の物を賜うのである。ただしここに萬の物を賜うとは現世における意味ではなく、来るべき世において万物を我らに賜う神に依り頼むべしとのことである(ロマ8:32)。その時に至れば我らは何らの制限なしに万物を自由に享有することができる。

6章18節 (ぜん)をおこなひ、()(わざ)()み、[引照]

口語訳また、良い行いをし、良いわざに富み、惜しみなく施し、人に分け与えることを喜び、
塚本訳善を行うように、善い仕事に富むように、物惜しみせず分け好きであるように、
前田訳よいわざをし、よいわざに富み、惜しまず施し、ものを分かちあい、
新共同善を行い、良い行いに富み、物惜しみをせず、喜んで分け与えるように。
NIVCommand them to do good, to be rich in good deeds, and to be generous and willing to share.
註解: この二句略同一のことをいうのであるが、前半は一般的態度、後半は個々の行為に重きを置いている。なお後半は次に来る句の前提とも見ることができる。

(をし)みなく(ほどこ)し、

註解: 自己の富を貧しき人々、必要を感じている人々に自由に分配すること。

()(あた)ふることを(よろこ)び、

註解: koinōnikos 聖徒の欠乏を共にすることすなわちその苦痛を分担することを喜ぶことをいう。

6章19節 かくて(おのれ)のために()(もとゐ)(たくは)へ、未來(みらい)(そなへ)をなして(まこと)生命(いのち)(とら)ふることを()よと。[引照]

口語訳こうして、真のいのちを得るために、未来に備えてよい土台を自分のために築き上げるように、命じなさい。
塚本訳かくして自分の未来のために善い資本を積んで、真の生命を捉えるように(命ぜよ。)
前田訳真のいのちを受けるために、未来へのよい基をたくわえよ、と。
新共同真の命を得るために、未来に備えて自分のために堅固な基礎を築くようにと。
NIVIn this way they will lay up treasure for themselves as a firm foundation for the coming age, so that they may take hold of the life that is truly life.
註解: 私訳「真の生命を捉えんがため、将来い対し、己がために善き基礎を蓄えよ」「善き基礎を蓄えよ」は精確に言えば「善き行為を蓄えて基を置け」の意味である。世の人は富を積みて未来の備をするのであるがその結果は死と共に凡ての富を棄て去らなければならない。然るにキリスト者は善行を積み、喜んで施すことによりて未来のために善き基礎を置き、これによりて真の生命を捉えることができる。
要義 [富者の幸福]富者の幸福はその富を貧者に分け与え、貧に苦しむ者とその苦痛を共にしこれを助け、かくして与うるは受くるよりも幸いなることを自覚して神のみに依り頼むことである。神は喜んで与うる者を決して貧困に陥れ給わない。かくしてその善行が基礎となりて、未来において彼は真の生命を捉うることを得るのである。富者の幸福は富を積みてこれに依り頼むことではなく神に依り頼みて富を散ずることである。

2-6-ヘ 偽の知識を避けよ 6:20 - 6:21  

6章20節 テモテよ、なんぢ(ゆだ)ねられたる(こと)(まも)り、[引照]

口語訳テモテよ。あなたにゆだねられていることを守りなさい。そして、俗悪なむだ話と、偽りの「知識」による反対論とを避けなさい。
塚本訳ああ、テモテよ、委ねられたもの(、すなわち健全な教え)を守れ。信仰的でない無駄話と名ばかりの「知識」の反対論を離れよ。
前田訳テモテよ、あなたに託されたことをお守りなさい。むなしいむだ話と似而非知識の論争をお避けなさい。
新共同テモテ、あなたにゆだねられているものを守り、俗悪な無駄話と、不当にも知識と呼ばれている反対論とを避けなさい。
NIVTimothy, guard what has been entrusted to your care. Turn away from godless chatter and the opposing ideas of what is falsely called knowledge,
註解: Uテモ1:14.神より委ねられし職場を忠実に守るのがテモテの責務である。この委ねられしことの内容につきてはパウロが本書簡において縷々(るる)説明した処である。

(みだり)なる(むな)しき物語(ものがたり)、また(いつは)りて知識(ちしき)(とな)ふる反對論(はんたいろん)()けよ。

註解: 私訳「知識と偽称せらるる卑俗なる空論および反対論を避けよ」。異端的偽教師らは福音そのものを純粋に宣伝えず、当時行われていた聖ならざる卑俗の空論や反対論を持ち出し、些末なる問題につき論議することを好み、これを知識と偽称していた。パウロはテモテをしてかかる論議に深入りせしめざる様、これを避くべきことを教えている。なおこれらの知識はいわゆるグノシス主義の知識ではなく、また哲学上の知識でもなく、当時すでにこの種の事柄を知識と自称する人があったのでテモテがこれに引入れらることなきようパウロは警戒を与えたのである。信仰は空理空論ではなく、また抽象的知識でもない。それは生ける生命そのものである。

6章21節 ある人々(ひとびと)この知識(ちしき)(よそほ)ひて信仰(しんかう)より(はづ)れたり。[引照]

口語訳ある人々はそれに熱中して、信仰からそれてしまったのである。恵みが、あなたがたと共にあるように。
塚本訳或る人はこの「知識」にかぶれて信仰から離れ落ちたのである。恩恵君達と共にあらんことを。
前田訳ある人々はそれに心をとられて信仰からそれました。恩恵があなた方とともにありますように。
新共同その知識を鼻にかけ、信仰の道を踏み外してしまった者もいます。恵みがあなたがたと共にあるように。
NIVwhich some have professed and in so doing have wandered from the faith. Grace be with you.
註解: 自らかかる知識ありと自任した結果、信仰が不要になり信仰を離れて迷い出づるに至った。

(ねが)はくは御惠(みめぐみ)なんじと(とも)()らんことを。

註解: 異本に「なんぢら」とあり、この方正し、パウロはこの書簡の一般に教会の人々に読まるることを信じていたのでかかる複数代名詞を用いたのである。